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あかり人生を貫いて生きていくということは、くらやみの感情で襲って来る相手に絶対に負けない力を持って生きていくという事です。 くらやみの感情で襲って来る力には限界があるのです。 例えば、どんな小さなローソクの灯りでも、くらやみがいくら襲ってきても消すことが出来ないのと同じことです。 人間は、肉体と魂との融合で個人個人を作っているわけですが、相手の肉体は力で奪うことが出来ても、魂(心)までは奪うことが出来ないのです。 この魂の部分をあかりの感情だけを維持して生き抜いていくことが出来れば、どのようなくらやみの感情に包まれた環境の中でも、結構楽しい生涯を送ることが出来るのです。 諦めかけていた時に長男を授かり、それを契機としてあかり人生にチャレンジして、気が付くと38年が経過して、2008年5月19日で76回目の誕生日を迎えました。 日本風に言えば75才というわけです。 「くらやみの感情が発生している時は行動せずに、あかりの感情が回復してから行動しなさい!」 「めったな事では傷の付かないプライドの持主になりなさい!」 これを人類に教えるのが波 和二の天命であると悟って、生きているわけです。 「人に物を教える!」という事は、自分もその教えることを実践できるという事です。 自分が出来もしないのに、それを人に教える層も確かにいます。 俗に言う、「論語読みの論語知らず」という類です。 宗教家と宗教学者の違いです。 「自分のようにやってみなさい! 楽しいから!」 と言える人間が教えるべきなのです。 あかり人生を生きていく!ということはまず基本を身につけねばなりません。 この基本が身についた時、もはやこの世の中で恐れるものは何一つ無くなってしまうのです。 この心境の下では、人生で出合う様々な出来事や問題解決法についても、くらやみの感情が混入した人達とは全く違う解決法を発見できるのです。 だから、単行本「円天・波 和二」も書き上げることが出来たのです。 「神仏の創っている人間社会と人間が作っている人間社会との比較」 が文章になって発表された事によって、目から鱗の落ちる思いの人類は、これから(2008年6月20日以降)沢山出て来ることでありましょう。 大衆の求めるものをいつまでも抑え切れた政治家は歴史上どこの国にも発見できないのです。 くらやみの感情を混入して人生を往く人々の共通点は、「死にたくない!」なのです。そこに恐怖の感情が発生するわけです。この恐怖を原因として世の中が存在する以上、戦争、争い事、揉め事、裁判沙汰は絶えることなく、益々増加の一途を辿っていくわけです。 この死に対する恐怖の感情を取り去ってしまう訓練が必要なのです。必要なのですが、くらやみの感情が発生している間は、絶対に恐怖の感情は拭い切れるものではないのです。 そこに感情操作の難しさがあるのですが、訓練次第では波 和二程度のレベルまで到達することは可能です。 何故ならば、人間の出来るものは、人間に出来るからです。 あかり人生を貫いていくということは、くらやみの感情を持って迫って来る相手には絶対に負けない力を持つという事です。 その力を、自らもくらやみの感情の状態で発揮しないという訓練を重ねて生きていくということです。 相手がくらやみの感情を交えて自分に襲って来ても、絶対に負けない力を持って生きていくということです。 くらやみの力は、肉体は襲えても、魂(心)までは襲うことは出来ないのです。魂(心)さえいつもあかりの感情を維持していれば、襲って来るくらやみの力は撃退できるということです。 肉体と魂(心)を完全に遊離することが出来れば、もはやこの三次元世界に恐れるものは無くなってしまうのです。 いくら法治国家といえども、死刑以上の刑を科すことは出来ないのです。 「死を恐れる」ということは、魂(心)がくらやみの感情に占拠されている証拠です。 愛があれば、くらやみの感情はいつか魂(心)から退去してしまうのです。 すると、「世界中の人々と仲良くする」という人間本来の基本に立って、全てのものと対処できるのです。 今迄、敵に見えていた相手を、愛の感情(あかりの感情)で眺めると、相手にどんな行為をされようとも、それはそれで可愛く見えて来るものです。 そんな心境になって、方便としてくらやみの力を使うのです。 くらやみの感情を持って襲って来る相手には、それを撃退するのは、それ以上の力を必要とするのです。 相手に愛を持って、必要に応じてくらやみの力を使うことが出来るようになれば、感情操作能力も一流であります。 釈迦やキリストは、くらやみのパワーを愛を持って使っていった、一流中の一流の人達であります。 それは、後世にまで残されたエピソードによっても充分に知ることが出来るのです。 あかり人生を往く、ということは、くらやみの感情で迫って来る相手に無抵抗で生きていくということではないのです。最高のくらやみの力を発揮出来る能力を持っていながらも、そのパワーを使わないで生きていくということなのです。 その最強の力を身につける方法として、 「自分はいつ死んでも仕合せだ!」 と真から自分が思い込める訓練が必要となって来るのです。 くらやみの世界で生きていく為の最強の力を持ちながらも、その力を発揮せずに、「世界中の人々と仲良く生きていく」人生こそ、あかり人生なのです。 2008年5月25日 午前4時46分 もう一人の自分と 波 和二 |
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